梅ちゃんと桂花ラーメン(後編)
梅ちゃんと桂花ラーメン(後編)
豚の頭に念仏か真珠か黒いビニール袋に詰めて運んだ昼下がりの山手線で浅草花やしき。
熊本の本店を見て感動している自分に驚く。
梅垣 新宿も変わりましたよね。早番で朝8時半すぎにゴミ出しに行ったら、路上に酔っ払いがよく寝てましたもん。覚えているのは、こんなに山になったゴミ袋に埋もれて、たこ八郎さんが寝てたの。ボクシングの元日本フライ級チャンピオン。引退してからは由利徹さんの弟子になって、テレビや映画によく出ていたでしょう。ダウンしているのを起こして立ち上がったら、ファイティングポーズを取られた。(笑)
岩泉 ホント、変わりましたね。駅前にはヒッピーがいたもの。
浦上 街は汚かったし。今はきれいになりましたよ。
岩 桂花ふぁんてんは39年前の4月に出来たんですよ。その募集を見て私が入って、その後に駅前店に移ったけど。
梅 1981、2年か。そんなに古くないんですね。
浦 末広店は昭和48年に出来て、柔道の金メダリストの山下泰裕選手や、マラソンの瀬古敏彦選手が来たり……。
岩 駅前にも来ましたよ、瀬古さんは。
浦 あと野球の西本聖投手や森本ヒチョリ。
梅 柔道やマラソン、プロ野球と、桂花は肉体派の男の食べ物なのかなあ?八代亜紀や石川さゆりは?
浦 来ていない!(笑)
梅 大関正代は?
浦 正代はきてないけど、横綱になった隆の里は来た。
梅 おしん横綱と言われた隆の里、横綱稀勢の里の師匠だ。
浦 平幕の頃によく来てました。いい体してましたよ。
梅 タモリさんが「笑っていいとも」をやってた頃に、何回か行ったと言ってました。
岩 タモリさんは何回も来てましたよ。
浦 ふぁんてんにも来てた。
岩 「いいとも」の放送が終わった午後2時くらいかな、他の出演者の方たちも。
梅 有名人のお名前がいろいろ出ていますが、ぼくは辞めてからも、梅本さんが店長になっていた西口の店や、渋谷のセンター街のお店へよく食べに行きましたよ。働いていたのは、わたしだけですが。(笑)
浦・岩 (笑顔でうなずく)
梅 バイトで熊本と出会ってから、ぼく熊本と縁があるなって勝手に思っているんです。初めて熊本へ行った自分のツアーで、ライブハウスにお客さん20人ぐらいしかいなかった。
次の年、800人になった。でも、その20人の前でやった時に、来年はもっと来るなって感覚があったんです。熊本って、福岡よりもお客さんが入るんです。
岩 なぜだろうね。
梅 東京で食べた馬刺しの凍ったのや、からし蓮根のおいしさは、まったくわからなかったんですよ。なのに、地元で食べたらおいしさの次元が違う。大好きになっちゃった。桂花ラーメンの本店を見た時には、ちょっと感動してね。「なんで感動してんだ」って一人で笑っちゃいました。「これが本店なんだぁ」の気持ち、誰にもわかんねぇだろうな……。
岩 今の本店?昔の?
梅 ガラスでショーケースがあって、入るとカウンターが左にある。
浦 左側がカウンターだったら、今のだ。
徐々にお客さんが
増えていった頃のチラシ
梅 800人が入った公演から何年かたって。ソロライブがオフの日に街をぶらぶらしてたら、本店を見つけて感動して入って、注文して、食べて…。
浦 どうだった?
梅 内容は同じだと思うんだけれども、東京で食べる熊本ラーメンと、熊本で食べる熊本ラーメンは、味が違っていたと思う。違っていいとは思ったんですが。
浦 味、違うよ。
梅 違うんですか? それ、言って大丈夫?(笑)
浦 熊本のほうが洗練されています。全部、工場で作っているから。こっち、新宿は直営で自分のとこで作っているから、各店舗それぞれに個性があるんですよ。
梅 そうなんですか!
浦 だから、店に客が付くんです。
梅 店に客が付く…。店によって味が違うのか…。末広が一番おいしい?
浦 (ちょっと照れ臭そうに)20年か30年も昔の話だけど、若いお客さんにサインを求められましたよ。桂花ラーメン末広店の店長のサイン。
梅 ハハハ。ラーメンファンですね。
浦 日本人の若い男の子二人。サインくださいって、いきなり来たんです。面白かった。汚い字でサインしましたよ。(微笑)
梅 あれは、言っちゃあまずいんでしょ?豚の頭が入っているって。
岩 いいよ。
梅 えっ、いいの?(と、関係者に向かって)
関係者 ガラの話ですか?
浦 頭ね。
関係者 いいですよ。
梅 梅本さん、絶対言っちゃだめだとおれに言ってたのに!寸胴、二つあるじゃないですか。
浦 この店も、あそこにあるよ。
岩 前のふぁんてんなんか、お客さんが立ったら見えるじゃん、入れているところ。
梅 おれ、梅本さんにこの窯、絶対開けるなよって言われたよ。なんか、魔法使いが怪しい薬を作っているみたいな…。
浦 ワハハが公演で使ったよね。あれは下北沢のスズナリだったかな。
梅 梅本さんにたのんで、買ったんですよ、八つ。
浦 おれはびっくりしなかったけど、周りのお客さん、すごかったよ、びっくりして。芝居が始まる前は真っ暗な舞台に、照明がパッとつくと豚の骸骨が二つある。(うれしそう)
本番にむけて準備をする梅垣義明
梅 浅草の花やしきの公演では、豚の頭に棒を突き刺して、アルコールかけて松明にして燃やしたんだもん。おれが店長の梅本さんにたのんで二つ調達して、黒いビニール袋に入れて山手線で運んで行ったの。運んだ本人は、指示通りに豚の頭を手に入れたことに頭が一杯で、今ごろ気がついたんだけど、黒いビニール袋の中身を考えると相当怪しい奴だよね。でも、頭の話、本当に大丈夫なんですか?
岩 あの頃は、まあね…。今は九州ラーメンがたいぶ増えたから。
梅 豚の頭の心配がないんだったら、さっきの話の、洗練されている本場熊本の味が、気になるな。
浦 ちゃんと管理して作っているから、味にバラつきがないの。だからこそ東京のほうがおいしいと、ぼくは思っている。
梅 そんなこと、言っちゃっていいんですか?(笑)
浦 (自信たっぷり)うん。アクというか、コクというか。焼肉だって脂の入ったカルビ、おいしいでしょう。それと一緒。
梅 豚の頭を入れると、脳味噌が溶けてスープが甘くなるって、ホントなんですか?
岩 そう、当時はね。
浦 脳味噌は溶かせって言うもんね。
岩 (大きくうなずく)うん。
梅 絶対に言うなって教えられましたよ。
浦 確かに、取材が来ても、窯の中は撮らせんなって言われましたね。
梅 頭を使っているラーメン屋は、他にもあるんですか?
浦 普通に熊本ラーメンは使っているよ。
松明を照明に・・・
(イメージ図)
浅草花やしきで行われた公演チラシ
梅 ずーっとだまされてた。これ使っているのは、うちだけだって。ま、言うなと言われたって、みんなに言ってましたけどね。(笑)おれが発明したわけじゃないけど、桂花って特殊じゃないですか。
浦 今は他にもあるけど、確かに昔は特殊だった。
岩 だから生き残っている感はあるね。
梅 そういう戦略があるんじゃないですか。
浦 今は直営だから難しいですよ。スープ作れて、肉を作れて。覚えるのは2、3年じゃ無理ですから。10年、20年やっても難しい。
梅 新宿の味なんですね。
浦 桂花は新宿が元だから。
栄養価の高い母親の「料理」で桂花誕生
洗練された熊本の味と個性を競う新宿
――コロナの影響は。
梅 飲食店は大変だと思います。きのうまで舞台があったんですけども、1300人入るところでお客さんは半分。それでも、やれるだけありがたい。
浦 これまではフルタイムで、そっちのほうが大変だったかな。コロナは時間短縮、働く人間も減って、逆に、またやりがいが出てきた。面白いっていうか、一人でなんでもやらなきゃいけなくなって、自分としては以前よりますます面白くなってきましたね。
岩 時間も人数も限られ、これが元に戻った場合に、イチから募集をしなきゃならないことを考えると、大変だと思いますね。
梅 戻った時、どうなるかですよね。いつになるか、わかんないけど。それにしても、桂花はなんで、店舗が少ないんですか? 熊本は何店舗なの。
関係者 直営2店舗とフランチャイズ3店舗の5店舗です。
梅 全国にもっとあってもいいのに。
関係者 一店舗、一店舗で今でもスープから出来立てで仕込みをしているので、多店舗展開に適さない。どちらかというと、一店舗ごとに地元密着型で作っていこう。よく創業者が言ってたのが、多店舗よりも「名店」になろう、新宿での名店でい続けよう。それには、他所にはない唯一無二なものを作り続けようと。
梅 創業者って、写真の方ですよね。
関係者 そうです。久富サツキという女性。
梅 あの方、なんでこんなラーメンを発明したんですか。
関係者 単に、麺好きだったという。
梅 それ以前に、熊本ラーメンはなかったんですか?
関係者 ありました。久留米のほうからの流れがあって、豚骨は熊本にご縁があったのですが、「こむらさき」さんの次に古いと言われて…。本当に麺好きで熊本から始めたのは早かったと思います。
梅 有名な写真です。
浦 (関係者の)おばあちゃん。
梅 ホントに!お孫さんなんですか?(声が大きくなる)
関係者 そうです。申し遅れましたが、桂花拉麺株式会社の常務取締役、小林史子と申します。
梅 なんか、キューリー夫人のお孫さんに会ったみたい!有名ですよ、あの写真、おれの中では教科書に載っていたような。
全員爆笑
小林 光栄です。梅垣さんにそう言ってもらって。
梅 日本史の教科書に載っています!
小 うれしいです。
梅 きれいな方ですよね、おばあちゃん何歳の時の写真なんですか?
小 一番よかった頃の写真を使っています(笑)。30歳くらいですかね、創業した頃でしょうか。
創業者久富サツキ(右端)
梅 ディズニー映画の魔女が秘薬を作っているみたいな(寸胴を混ぜる動き)。
全員大爆笑
小 そういう思いを伝えていけたらな、と。細々とでも。お店は増やさないかもしれませんが、一つ一つ大事に作っていくのが、私どもの目標ではあるので…。
梅 そこが他と違うんです。
小 浦上さん、岩泉さんが、ずーっと歴史を支えてくださっているので、本当にありがたいです。
梅 渋谷のプライムの地下に入っていましたよね。
小 渋谷麺道場自体がなくなってしまって、今はセンター街に移ったんですけど、麺道場の頃はすごかったですね。
岩 すごかった!
梅 すごかった?
浦 忙しかった。ふぁんてんを抜いてたもの。
岩 1日、1000杯だもん。
梅 おれ、通しで入った時も、相当作りましたよ。
浦・岩 (比較にならないとばかりに首を左右に振って)いやいや。
岩 梅垣の時代は、まだピーク来てないもん。あの後のバブル。
浦 90年代の初めくらいかな。
岩 バブルが来た時は最高だもんね。
浦 ふぁんてんで1日1800杯。
梅 えーーーっ。1800!
岩 駅前だって900だった。
浦 末広も1000超えてた。
梅 おれ、全然そのレベルじゃない。800ぐらい。これ(湯切りの動きで)ずーっとやってて肘が痛くなって、テニス肘じゃなくて桂花肘って、みんなに笑われたもん。
岩 金曜土曜は忙しかったものね。朝の4時まで営業していた時期もある。
梅 でも、酒飲んだ後、食べるラーメンじゃないですよね。
浦 それは酒を飲めないからだよ。飲んだ後でもおいしいよ。ピーク時は、麺の注文が大変でしたね。熊本から飛行機で送ってもらっていたので。
梅 足りなくなる心配かぁ。
小 今は熊本から陸送です。
梅 硬い麺はおばあちゃんの考えなんですか。
小 歯ごたえには、すごいこだわっていました。スープになじむのは、ストレートのこの太さと硬さだと。小麦粉の味わい、素朴な感触ですね。昔、よくぽつぽつ切れると表現されたのですが、それくらいの歯ごたえですね。
梅 生のキャベツを入れるのも?
小 はい。野菜をたくさんという母心でもあったんですね。当時は母親でもありますから、料理としてラーメンを完成させたい。野菜もあるよ、肉もあるよ、炭水化物のご飯も麺もあるよ、栄養価の高いこの一杯が料理なんだという信念。野菜を組み合わせた完全食を作ってみたいと、どっさりキャベツ。
当時の新宿ふぁんてん
当時の駅前店
梅 一軒のお店から始まったんでしょう。
小 熊本市内の花畑町の今も近くに本店があるお店で、カウンター10席から出発したのが1955年、昭和30年です。
梅 生キャベツが、よく受け入れられると思いましたね。
小 あれは東京へ進出する時に考案したんです。熊本ではやっていなかったのですが、東京進出には相当気合が入っていたみたいで、何かやらないと、と。太肉麺(ターロー麺)が東京進出の記念メニューで、絶対にこれが必要だと始めて、桂花のヒット商品になりました。
梅 熊本ラーメンと博多ラーメンの違いを知らない人は、なんで紅ショウガを置いてないんだって言う。
浦 熊本は紅ショウガを置く習慣がないんだよね。
小 マー油が強いんで、紅ショウガを入れても…。うちはマー油がオリジナルということで。
梅 桂花のカップラーメンあるんですよね。この間、見つけた。
浦 こないだやってた。
梅 テレビでやってた? おれ、買ったんだ。生麺もありますよね?
小 ございます。
梅 西友で買っちゃった。うーむ。桂花はおれの出発点なのだろうか。だから、どこででも気になって、本店を見て感動しちゃうのかな。おれの肉体の、半分は桂花ラーメンで出来ているって言うのは、ラーメンしか食べてないみたいだけど。でも、熊本を好きになるきっかけとなって、お二人とも再会でき、創業者のお孫さんにも会えて…。ああ、ありがたいご縁ですよね。
――本日はお忙しいところを、みなさん、ありがとうございました。最後に梅垣さんから締めのおことばをお願いします。
梅 たいしたこと、言えませんよ。「出発」ですね。出発点ってさ、若い時代の言葉だと思うかもしれないけど、人生には何度も出発点があると、この年齢になるとわかってくる。
初体験が女の子のものだけでなく、男も女も30代、50代、60を過ぎて、肩が痛いとか腰が痛いと毎日が初体験で、出発点であることに気づく。ま、昔の出発点に立ち戻るのも方法だし、いくつもの出発点を気づかずに、何事もなく生きていく人も多いのかもしれない。だって、さっきまで桂花が出発点だなんて、まったく意識していなかったもん。
何歳になっても出発点はある。みなさんも、気がついたら、いけねえっ、終着点だったとならないよう、日々を大切に…。なんちゃって。
――ありがとうございました。
バイトを辞めて以後、ワハハ全員集合の舞台とは別に、単独ライブのステージで、ザリガニを口にくわえて「さそり座の女」を歌い、紙オムツにビールやワインをたっぷり飲ませて「悲しい酒」を熱唱し、鼻からグリーン豆を飛ばす「ろくでなし」といった必殺芸で人気者となった梅垣さんですが、今回の全体公演で、桂花ラーメンを使った新機軸の芸は、誕生するのでしょうか。
梅 (しばし、腕を組んで考える)オマケは何かあるはずですよ。熊本公演の半券を持参するとトッピングや大盛りのサービスだとか、本店でわたしの一日店長だとかね。半券サービスが新宿でも使えるのかどうかは、スタッフに確認してください。もうバイトはしていないんで。
熊本は最終公演でもあるけれど、同時にそこはまた新たな地平への出発点です。桂花の芸は、ヤケドしない程度に考えておきます。
(構成・奥成 繁)